勝負事
毎年この時期、夏至の近くになると、決まって開催される恒例の24時間イベントがあって、今年もまあ、悲喜こもごも、色々あったようだ。
関係者の皆さん、お疲れさまでした。
自分も仕事を始める前から見ていた、唯一のこの手のイベントなので、ちょっと感慨深い。
いつの間にやら30年以上も経ってしまっていて、今の立場も、なんだかんだ近いような遠いような、付かず離れずといったところだったり。
24時間レースもマイクロマウスも、まあ雌雄を決する競技で、本質はほとんど変わりがない。
順位(というか1番とそれ以外)を決めるための競争ってのは、いろんなことの啓蒙のために、一定割合であった方がいいと思う。
目的到達のために、なにが大事で、どんなこだわりが実は邪魔をしているか、浮き上がらせてくれる。
自分がマイクロマウスをやってるのは、当たり前に思っていることが、じつはものすごく足を引っ張っていたりしないか?って感覚を維持するため、ってのもあるかも。
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その24時間イベントにて。
数年前、ストリーミングを見ていると、コース半ばでクラッシュして、ボディーワークを壊した車両が映った。
まあ、車両の基本構造部分は大丈夫そうだけど、カウルはかなりのダメージだ。
割れたり、基本構造部分へ固定している所が壊れて、ぶらぶらしてたりしている。
こういう時は、相当慎重に戻ってこないと、壊れたボディーワークの損傷が進み、タイヤを傷つけてパンクさせたり、基本構造部分を壊して液体を漏すなどして、動けなくなってしまったりしがちだ。
それでも、止まってるわけにはいかないので、みんな無理にでも、動けるうちはガレージに帰ってくるのだが。
で、件の止まった(欧州車)だが、運転手が下りると、全く躊躇なく、壊れたカウル類を車両から引きちぎり始めた。
これには、相当に、言葉も出ないくらいに衝撃をうけた。
このクラスの運転手は、職業プロドライバーだ。
運転手が自分で判断して行動するのは、車の運転についてだけで、それ以外のことについては、指示されてないことは絶対にしない。
そして、運転手も、メカニックもそうだが、基本的に車は大事に扱う。
普段やらないことで、扱い方がわからないときには、ちゃんとその分野の人間の指示を仰ぐ。
粗末に扱っても、自分たちが損するだけなので、まあ妥当だし、基本中の基本だ。
それでなくたって、このクラスの車両は、ボンネット一枚で、材料費だけで数百万円は下らないし、艤装パーツも入れるとその倍くらいはかかっている。
引きちぎったカウルだけで、まあ、普通に家が買えるのは確実。
もちろん運転手も含め、そんなことは皆知っている。
しかし、このときは、あれこれ相談しているような時間もなく、降りてきて躊躇なく破壊活動を行っていた。
そもそも車から降りた時点で、無線機の配線はヘルメットからは取り外されていて、トランシーバーでは会話もできない。
どこをどうしろなんて、ガレージから指示をうけるはずもない。
ここからわかる事実は、このドライバーは緊急時にいかに車をガレージに戻すかについて、相当なところまで訓練されているということ。
普段のルーティーンでは、どこをどのくらいでひきちぎれば、中でつながっている配線とかも含めて破壊できるかなんて、経験する機会はない。間違いなく。
「その時」のために、実際にカウルを引きちぎらせたりして、感触を経験していたのではないか、と強く感じた。
なにしろ(業界の)常識の範囲からすれば、何重にもかかっているはずの心理的ブロックを、大きく超えて行動している。
そして、作ろうと思えば、絶対に人間の素手では破壊できないように作ることも可能(というか、普通に作ると、壊すのはちょっと大変なものができる)なのに、こうだってことは、そのつもりになれば、たやすく破壊できるように作られている、ってことだ。
本当に、いや本当に、必要なことについて、なんの躊躇もなく準備しているってことなのだ。
いやさらに恐ろしいことに、たまたまここは見えたけれど、実はありとあらゆる面で、この階層で準備されてるとしたら...?
で、件の車は壊れたパーツをパージしたおかげで、何キロも先のガレージまで、無事に帰ってきた。
最低限のロスタイムで。
戻ってきさえすれば、もう総出で待ち構えていて、ものの数分で新車同様だ。
こんなのを見せられては、ちょっとかなう気がしない。
数千万円程度の金額の問題ではない。
その程度の金額では意識は買えない、変えられない。
トラブルさえ無ければ、車の性能は差がない。
こっちのほうがいいくらい、とか慢心にも程があるが、人間とはそういうものかもしれない。
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この話を、身の回りの業界経験豊富な人にしてみるのだが、案の定というか、やっぱり反応が鈍いw
ああ、 まあ、意味が分からんか...無理もない気もする。
国内で、同じような状況の時に、本職でも、まともな指示が出来ずに、めちゃくちゃになったりすることはわりと日常。
さらに困ったことに、大抵の場合、顧みられずほとんど対策がされないことだ。
この辺が、日本は競争向いてないよなあ、と思うところ。
こういった感覚は、勝負だけでなく、ちょっとしたことに気づくかどうか、ってところに通じると思う。
逆にこの感覚を鍛えるには、勝負事って向いてると思う。
勝負事おすすめである。
ただまあ、勝負事といっても、漫然として、勝てないなあ、なんでかなあ、いいもの作ってるのになあ、とか言ってるようだと、価値はないのだけれど。
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